今日この頃のこと
しばらくさぼっていました。右目の手術後の経過は自分の不摂生のお陰であまりよくありません。どのように不摂生かと言うと、以前使っていた(つまり現在の視力に合っていない)眼鏡を掛けて長時間パソコンに向かっているので右目が相当疲れているようです。目を酷使しないよう注意を受けているのですが、止むを得ないと無視しているというのが現状です。
なぜそんなに長時間パソコンを使っているかと言えば、3月25日の記事「想像力を欠いた指導者を頂く日本国民の不幸―東日本大震災について」に原因があります。記事の中で菅首相を批判していながら、では自分はこの大災害に関して何をすべきかと自問した結果、物を書くことで自分は被災された方々を応援しようと決意しました。たまたまミステリーを書き始めるときに見て得た情報に講談社の「ドラマ原作大賞」というのがありました。これは受賞すれば小説が出版され、副賞100万円が与えられます。それと同時にテレビのドラマとラジオドラマになります。
僕はそのテレビドラマ化されることに強く魅かれました。みなさんに元気と勇気を与えることのできる物語を書いて、テレビで広く観てもらえるということが魅力だったのです。ではどんな物語を書けばいいのか―それが問題でしたが、すぐに解決できました。僕は熊本県上益城郡山都町に住んでいます。ここには熊本に住んでいる人であれば、山都町と聞けばただちに連想するほど有名な石造眼鏡橋「通潤橋」があります。1854年(安政元年)、江戸がペリー来航によって大揺れに揺れていた頃、矢部郷の惣庄屋布田保之助(ふたやすのすけ)がさまざまな難問に不屈の精神で立ち向かい、人びとの夢の架け橋である日本最大の水路橋を完成させました。
この連通管の原理を応用した用水路を背負った眼鏡橋によって不毛の台地と言われ、飲み水にさえ不自由する白糸地域に対岸の笹原川から深い谷を渡って水を供給することが可能になりました。その結果白糸台地は豊穣の地に変わり、布田保之助は神のように崇められました。「通潤橋」を思ったとき僕には、白糸台地が今回の大震災の被災地であり日本そのもののように映りました。先人はこのように不撓不屈の精神で難局と対峙し、明るい未来を切り拓いてきました。僕らの先祖はみんなそうやってきたのです。そのことを伝えるだけの能力があるかどうか不安ですが、今やるしかないと覚悟を決めました。
去年の締め切りが10月末でした。調べた時点ではまだあらたな告知がされていませんでしたが、まあ変わらないだろうと創作を開始しました。しかし筆が遅い上に、次々に分からないこと知らないことが現れ、これで締め切りに間に合うのかと心配な今日この頃です。
その間に季節はたえまなく移ろい、コブシの白く輝く花はとっくに散り、桜は葉桜になりました。いま蘇芳(すおう)が満開の後に新緑の小さな葉を付け始めました。紫木蓮も満開です。ツツジも蕾を開き始めました。チューリップや黄水仙も元気に花を咲かせています。芝桜もきれいです。
今日は快晴ですが風がとても強く、竹林は大きく頭を振ってときおり唸っています。沢山写真を撮ったのでお見せします。里の春を楽しんでください。
3月22日のつる梅
4月20日の葉桜
芝 桜
菜の花と鯉幟
スズランと白水仙
蘇 芳
紫木蓮
深山シャクナゲ
夕陽のツツジ
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