ミステリー小説を書き始めて
去年の暮頃、○さんからある情報をもらいました。講談社が60歳以上の新人発掘プロジェクトを始め、「団塊世代よペンを取れ!」と檄を飛ばし、「本格ミステリー”シニアー新人係”」という企画を立てたというものでした。それは僕がこのブログに「マルモ・ピンコーラの冒険」というSF児童小説を掲載しているのを知って、ミステリーを書いてみてはどうですかと勧めてくれたのです。その時は、ミステリーのなんたるかも知らず、児童小説ならまだしも、大人の小説は私に向いていないと思いますと返事しました。
ところがやはり気になっていたのでしょう。今年の初めになってミステリーに取り懸っている夢を見ました。二組のアメリカ人夫婦にセリフを付けようと苦労して、けっきょく消しゴムで消してしまいました。すると次に一人の雲水の姿が浮かび上がりました。これは、私が東京にいる頃、中野駅か中央線のどこかの駅前に佇む雲水に強い印象を受けたことがあるからです。剃髪した体を墨染の衣で包み、素足に草鞋履きという出で立ちの禅僧が、雨の日も風の日も雪の日も逞しい手に鉄鉢を捧げ持ち、姿勢を正し、微動もせず、じっとたたずんでいました。
夢の中で、この雲水に男が銃を突きつけたらどうなるだろうと思いました。ヴィクトル・ユーゴーに「ノートルダムのせむし男」という小説があります。主人公は醜く生まれながらも純粋な心を持ったカジモド。ノートルダム大聖堂の鐘楼に閉じ込められ青年になり、美しいジプシー娘に恋をして悲恋に終ります。作者ヴィクトル・ユーゴーはその大聖堂の鐘楼の石壁に刻み付けられた”エスメラルダ”(はっきり覚えてないのですが)という言葉を見て、この傑作をものしたと漏れ聞きました。そんな文豪には及びもつきませんが、この雲水の毅然とした姿を小説に展開すればどうなるかと夢想し、愚かにも、怖いもの知らずに手を付けてしまい、現在は苦しんでいます。
まずは、雲水が銃を突きつけられるところから始めてみました。
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Heart of gold―心の旅路
エ ピ ロ ー グ
新宿駅西口地下広場はいつものように無表情でたがいに繋がりのないざわめきにむせ返るような朝の雑踏に包まれていた。さまざまな人がさまざまな思惑を抱え、それぞれの方向を目指して忙しげに足を運んでいた。そんなあわただしく行き交う人の流れに小さな淀みを作り、鉄鉢を手に佇立する一人の雲水の姿があった。剃髪し、凛と背筋を伸ばした体に墨染の衣をまとった修行僧は、黙然として喜捨を乞いながら長い時を費やしてその場に立ちつくしていた。そんな雲水の前に男が一人、つかつかと歩み寄り、やにわにその額にトカレフTT-33の銃口を押し当てた。
鈍色の円形の空から降り注ぐ粉雪が一陣の強風に煽られ、地下道の壁が途絶えた広い空間から白いレースのカーテンがおおきく裾を乱したように侵入してきた。雪は二人の男の頭上から降りかかり、雲水の鉄鉢にも白い喜捨を施していった。たっぷりと1月の寒気を吸い取った黒い鉄の器を捧げ持つ5本の指は太く逞しかった。かじかんだ様子や鉄塊の重さに耐えかねる様子は微塵もなかった。
遠巻きに突然の事件を見守る人びとはコートの襟を立てたり、二重に巻いたマフラーに顎を埋めたりして身を縮めていたが、素足に草鞋履きの托鉢僧は微動だにしなかった。不屈の意志を表す目は大きく見開かれ、男が銃を突きつける前と何ら変わることなく前を―その男を見すえていた。雲水の瞳には銃口を押しつける男への難詰の色も、ましてや恐怖の色もなかった。彼にとってそれは、突然目の前にぶら下がった単なる障害物に過ぎなかった。
「やっと見つけたぞ、KT」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「こんな所にいたのか。お前を見つけるまで俺がどれだけ苦労したか分かるか、KT」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「分からんだろうな、到底」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「警察に狙撃されるとまずい。そっちに寄れ」
男は鈍い光を放つ銃口に力を込めて雲水を地下道の壁際に押しやった。そしてすばやくその背後に回ると、壁を背にして僧の後頭部に銃を突きつけた。
「これで取りあえず俺が撃たれることはないだろう。お前が盾になってくれてるからな」
男は墨染の衣の肩をわしづかみにして自分の方を向かせ、あらためて銃口を無言の雲水の額に押し当てた。
30メートルほど先にある西口交番の動きを警戒しながら、男はつくづくと雲水の顔を眺めた。
――何年経つだろう、あれから。
北陸の曹洞宗の寺にいたらしいという噂を頼りにその寺を訪ねたのはおよそ3年前だった。10年ほどそこで修行に励んでいたと聞いた。
「修行僧は入門初日、この山門の前で」
と寺の僧侶が言った。
「門をくぐる許可を得るために、たとえ吹雪であろうと長時間じっと立ったまま待たねばなりません。そのようにして入門の意思の固さが試されるのです。しかし山門をくぐっても入門が許されたわけではありません。かたちを変えてさまざま意思の固さが試されます。生半可な覚悟では厳しい修行に耐えることはできません。当山では只管打坐(しかんたざ)、つまり欲望を捨て執着を捨て、ただひたすら坐ることを旨としています。修行僧として自己本来のあるべき姿であり、それこそ仏の姿であるからです」
僧侶は高々と立ち上がる老杉の梢に記憶を辿る眼差しを投げかけた。
「KTとは柏布団を並べて寝起きを共にする仲間でした。俗に言う”立って半畳、寝て一畳”が、おのおのの憩いと安らぎのスペースでした。あるとき彼は私に語ったことがあります。『板壁に向かって正身端坐し、無我の深淵に身を任せたとき、目の下に端坐している自分の姿を見た。そしてフィルムを逆回しするようにこれまでの人生を眺めながら、遥かなる宇宙の果てを超えた浄土宇宙に旅をした』と。それから、手にしたものはいつか失うとも言っていました」
突然、スピーカーのがなり立てる声が凍てつくような地下道の空気を揺るがした。
「こちらは新宿警察だ。よく聞け!撃たれたくなかったら銃を下に置け。そして両手を頭の後ろで組むんだ。分かったか!」
一瞬の油断だった。男がスピーカーの声に気を取られ、僅かにその方へ視線を移した刹那だった。雲水の手にした鉄鉢がトカレフを下から激しく一撃した。「パーン!」と乾いた発射音を残して男の銃が喜捨の硬貨とともに宙に舞った。両手で銃を構えた警官たちが走り出すと同時に黒い影が横っ跳びに跳び、西口交番とは反対側に群れていた野次馬の中に紛れ込み、そのまま姿を消した。
夜の東名高速を西へ走る運送会社の大型トラックがあった。助手席に頭を丸めた黒い影があった。
昼過ぎに下りの足柄サービスエリアに車を止めたトラックの運転手が食事を済ませて戻ってくると、福岡ナンバーの自分の車の前で墨染の衣に身を包んだ雲水が待っていた。九州まで行きたいのだが乗せていってもらえる所まででいいから乗せてもらえないだろうかと遠慮がちに頼まれた。運転手は人の好さそうな笑顔を浮かべてその申し出を快く引き受けた。
「九州に知り合いでもあるとですか」
トラックをスタートさせ、足柄サービスエリアから高速道路の左車線に乗った運転手が前方を見据えたまま尋ねた。
「はい、大切な人の墓参りを兼ねて九州を托鉢行脚しようと思っています」と、雲水は苦く過去を咀嚼するかのように重たく唇を動かした。
そして胸の中で「冴子」と愛した人に呼びかけた。 大きなフロントガラスに浮かんだ面影が優しく微笑んだようにKTには思えた。
運転席のラジオが午後2時の時報を告げた後、ニュースを伝えた。「今朝9時頃、通勤客などで混雑するJR新宿駅西口地下広場で発砲事件がありました。発砲したのは暴力団卍の組長・卍友康こと村木大造(5*歳)で、今朝9時頃JR新宿駅西口地下広場で托鉢をしていた僧侶の額にとつぜん拳銃を押し当てて脅迫したところ、逆に僧侶に拳銃をはね飛ばされ、その際銃が暴発しました。その直後、村木容疑者はその場で警官隊によって取り押さえられました。村木容疑者はいまのところ動機については一切黙秘しています。一方、被害者の僧侶は銃が暴発した直後から姿が見えなくなりました。警視庁では被害者の行方を探すとともに、被害者の僧侶の方ができるだけ早く最寄りの交番か警察署に連絡下さるよう呼び掛けています」
運転手は大きなハンドルを軽く両手で握りながらちらっと助手席の方を見たが、すぐ前方に視線をもどした。鍛えられたがっちりした体の雲水はこちらから話しかけないかぎり、自分から話をすることはなかった。事件と同じような僧侶だからと言って事件と関係があるとはかぎらない。もしそうであればなおのこと口の重い雲水が何か喋るとは思えない。それに事件の僧侶は被害者なのだ。触らぬ神にたたりなしだと運転手は思った。
東京を離れるにしたがって降る雪が多くなってきた。いまのところ走行車線が白くなることはなかったが、できれば本格的な雪に変わる前に関ヶ原を通過しておきたかった。高速道路の両側に立ち並ぶ街路灯の青白い光が雪を白くきらめかせながら果てしなく夜の彼方に向かって伸びていくさまを視野に捉えながら、二人の男は黙って車内のラジオ放送に耳を傾けていた。番組が変わり、ラジオが70年代のオールディーズを歌いはじめた。ぼくは優しい心を求めて人生を旅すると歌う、1972年にアメリカで発売されたニ―ル・ヤングの歌だった。
I want to live, I want to give
I've been a miner for a heart of gold
It's these expressions I never give that
Keep me searching for a heart of gold
And I'm getting old
Keep me searching for a heart of gold
And I'm getting old
雪を載せた大型トラックは高速道路を西へ向かって走り続け、下関から夜明けの関門橋を渡って九州に入った。冬晴れの碧い空が微笑んでいるようにどこまでも広がっていた。
END
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コメント
お、始動しましたね。(^-^)
メールでも申しましたが、町立図書館なども
ぜひ活用なさってください。
投稿: ○サン | 2011年2月23日 (水) 21時18分